スキル社会の日の出

 非常勤先でコイツの最終回。(年内に終了、という、非常勤先の余裕の学年歴に嫉妬。あ、でも、始まりが早かったか。)

Remains of the Day

Remains of the Day

 最終章で、この小説がつくづく、「新自由主義老人小説」であることを確認。

 出来事の時間が語りの時間に追いついてしまい、語りが現在時制となる最終章の波止場の場面において、主人公スティーヴンズのとなりに偶然座った初老の元執事は、「夕暮れ時が一番いい」といって、人生の残り(=the remains of one's day)を楽しむようアドヴァイスする。

 ところがスティーヴンズはそのメッセージを完全に間違って受けとってしまう。彼はミス・ケントンとの再会、この老人との語り合いを経て、新たなアメリカ人の主人のもとで自分の職業を全うするために、「冗談を言う」というスキルを身につけよう、と決意を固め、小説は幕を下ろすのである。

 最後の場面の二人はみごとな対照をなしている。つまるところ、初老の男の人生観はみごとなまでに高度福祉社会的な人生観となっているのだ。終身雇用が終わったあとの老後を楽しみましょう、と。そのメッセージを間違って受けとるスティーヴンズは、それを「人生の夕刻においても終わることのない、たゆまぬ自己改革、スキル獲得」へと読み替えてしまう。それと、「あったかもしれないことwhat might have been」について考えるのはやめましょうというあられもない保守的見解が組み合わさって、みごとな「サッチャリズム小説」となっているのだ。