断片と歴史

 本日非常勤の試験を行い、あとは本務校の試験、というところで、なんだか自分の中でなにかが「切れた」感じがして、関節が綿になったような倦怠感に襲われる。

 というか、風邪でも拾っただけかも。学生の間にもインフルエンザが流行っているし。

精神史的考察 (平凡社ライブラリー)

精神史的考察 (平凡社ライブラリー)

 本について何か書く(言う)ことが、そこに書いてあることになにかをつけ加えることなのだとすれば、この書物に関してはもうなにも書きたくないわけだが、本について何か書く(言う)ことは、必ずしもそこに足し算的につけ加えることではないので、書く。

 最初に断っておくと、レイモンド・ウィリアムズと藤田省三の共鳴という点は私が気づいたわけではなく、先のエントリーで書いたようにK先生の指摘だったわけだが、これほどまでに、芯から響きあっているとは驚きであった。

 藤田の言う「精神史」とウィリアムズの言う「感情の構造」、これらは、とりあえず等号で結んでよかろうと思う。ウィリアムズは残滓的なもの/支配的なもの/勃興的なものという仮説によって、歴史を駆動する原理を精密化しようとしたわけでは決してない。また、それは「過程」と言ってすまされるようなものでもない(というのは藤田自身の言でもある)。そうではなく、ウィリアムズはゴミのようにうち捨てられ、忘却されたもののうちにこそ、支配的なものから想像可能な未来とは別の未来を構想するための種子を見いだそうとしたのである。そこに見いだされるべきなのは、実証主義的な、均質的時間がのっぺりと続く「歴史」ではなく、断絶の(そして敗北の)モメントという歴史性なのである。

 古代宮廷の零落(「史劇のの誕生」)、明治維新(「松陰の精神史的意味に関する一考察」「或る歴史的変質の時代」)、第二次世界大戦(「『昭和』とは何か」「戦後の議論の前提」)と、藤田は歴史的断絶のモメントをつねに考察の対象にするのだが、そこで力点がおかれるのは、それぞれの断絶が、ウィリアムズの言葉を使ってしまうなら、いかに「残滓的」なものを触媒として生じたか、という点である。残滓的なものとは敗北のかけら、挫折のあとに残った断片であり、本書はそういった断片の歴史性/断片という歴史性を記述するために、まさにその断片性を構成原理としている。(しかし、藤田の評価するアドルノとは違い、アフォリズムという形式はとらない。これは推測だが、真の断片性とは全体/断片の二項対立によって定立される断片であってはならず、全体を志向するのかと思いきやいかんともしがたく破綻し、途切れてしまうような不完全性でなければならなかったのではないだろうか。アフォリズムはすでに断片という安定した形式なのである。)

 興味深かったのは、勝利と敗北、支配的なものと残滓的なものとの弁証法と、「典型」に関する議論がからみあってくる部分である。「戦後の議論の前提」から。

私は戦後の経験の構造的特質としての、混沌とユートピアの結合、欠乏とファンタジーの結合、悲惨と神聖の結合、それらの両義的結びつきに目を向けてこの拙劣な文章を閉じたいと思う。……戦後の経験の核心としてあったそれら諸要素の両義性は、余程の反動的な部分を除いて……、万人に共有されていて、其処に内的な平等感が相互に感じとられていたのであったが、その両義性の体現は決して両義性そのままの形で存在するものではなかった。単なる両義性そのままはバラバラの姿の矛盾形に過ぎないが、両義性の典型的形姿はそれとは違う。単なる両義性が示す乖離状態を突き抜けているところに典型の典型たる所以があるのだ。そこでの「突き抜ける」というのはどういうことなのであろうか。「矛盾の統一」という言葉が或る種の「理論」の公式的見解の中で使われる場合には、相反するあっちの要素とこっちの要素を一緒にくっつけて取り扱うことを意味しているようであるが、両義性の矛盾を突き抜けてその相反する側面を動的に結合することはそのように安易なものでは絶対にない。端的に言おう。両義性の動的な結合を内包するものとしての典型の生成は、苦痛の側面の方を、世間からバカにされ軽視され非難される側面の方を、そういう意味での否定的側面の方を徹底的に引き受けることを通して、その極点において彼岸の肯定的側面を我が物とすることに他ならない。(232-3頁)

 やはり余計な言葉をつけ加えたくはない感じだが、とりあえずここでの「典型」の議論が宿題として提示するのは、この議論とルカーチとの距離の問題だろう。それは同時にウィリアムズとルカーチとの距離の問いともなるのだが。その問いに答える際に、「思想史」的に答えても無意味だろう。まさに「精神史」を考察すべきなのだ。おそらく最終的な答えは、非常に退屈な答えになって申し訳ないが、「同時代人」たる藤田とウィリアムズと、ルカーチとの経験の差異ということになるだろう。藤田/ウィリアムズが直面した、労働運動の決定的敗北と新自由主義の兆し。社会主義という疎外。この本が書かれた70年代後半から80年代の幕開けには、その意味で歴史的断絶があったのだし、藤田/ウィリアムズ的な思考を生みだしたのもその断絶の歴史性であったはずである。(もちろん、引用にも表れているように、公式マルクス主義に対する「公式」の態度において、藤田とウィリアムズには相当の差異があるわけだが、「精神史」を思考するにおいてそのような「公式」の水準はとりあえず括弧に括るべきであろう。)(未完)