『アメリカン・フィクション』(2023)

しばらく諸々で忙しすぎて映画館に行く暇もなければ家で映画を見る暇もなかったのですが、そんな合間にこちらを。

黒人の作家が、自分の純文学指向をかなぐり捨てて、おふざけで書いた「黒人的」小説──白人たちが期待するような「黒人的」内容の小説──が大ヒットしてしまう、という概要だけを目にして、ある種の「ポリコレ/ウォーク揶揄」のあれかと警戒して観たのですが、結論からいうとそういうものではなく、かなり面白く観ました。

これはもはや民族(「人種」)だけではなく、現代社会に向けてものを書くこと一般につきまとう書き手のアイデンティティの問題を広く考えさせるものになっていると思います。書き手というものは、自分の単独的な経験を抱えもってものを書いているのだけれども、世間にとってそんなことはどうでもいい。アイデンティティ=属性の箱の中に放りこまれ、書いたものを本当の意味では読んでもらえない(放りこんだ属性に関する偏見のメガネを通じてしか読んでもらえない)という経験は、ものを書く人なら誰しも経験しているのではないでしょうか。この映画、そういう一般的経験に訴えるものになっていたと思います。そういう意味で面白く観ました。