『夜明けのすべて』(2024)

『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督の新作。

前作と同様に素晴らしい傑作でした。途中、どこで終わっても自然に感じるだろうけれども、同時にいつまでも続いて欲しい時間。そして彼らの生活はエンドロールの後にもずっと続いていくのだろう(全ては変転するし、人生に終わりはあるだろうけれども)という確かな感覚。そんな感覚を抱かせる映画は希有だと思います。

人間は孤島であり、とりわけ共有できない苦しみや喪失を抱えるときにその事実は重みを増していくのですが、もっとも親しい人とさえも本当の意味では共有できない苦しみを抱え、他者も同じ孤島に住んでいるのかもしれないと気づいた瞬間にこそ、かろうじて少しだけ他者に触れる可能性が開かれる……。苦しみや喪失は、繋がれないという事実を突きつけることによってこそ人を繋げる。そういう瞬間を、脚本、演技、カメラと照明と音声、そういったものすべてを奇跡的にかみ合わせることで見せてくれる映画です。本当にすばらしい。

PMSに苦しむ藤沢とパニック障害に苦しむ山添を受け入れる中小製造業の栗田科学が、あまりにもユートピア的で善人ばかりだという意見もありそうですが、もう一方で、この世の中の人間はあのように善良たり得るのだという信をもって描くことを「決断」した映画なのだろうと私は思いましたし、それを歓迎したいです。

否定形での評価はしたくないですが、障害を情動的に消費しないこと、異性愛規範に凝り固まった人間関係は描かないこと、プロットのために登場人物を動かすということをしないこと(だけど、説明過剰ではないさりげない演出で心の動きを確実に描いていくこと)、そういったことが徹底されていて、こういう映画をずっと観たかったと感じました。

今年は早速に傑作が多すぎません? 終演後、家族にたい焼きを買って帰りましたとさ。