『ボーはおそれている』(2023)

この映画についてはこの後映画評を書くので、肝心なことは書きませんが、私、ホラー映画は怖いので好きではなく、アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』も『ミッドサマー』もそんなに好きではない、というか『ミッドサマー』なんて『ウィッカーマン』の焼き直しじゃねーかとか思ってしまっているのですが、この作品についてはまったく違う評価です(ついでながら、『ミッドサマー』は『犬神家の一族』へのオマージュとかもあり、当然これまでの「因習村」ものは押さえた上での映画ですが。因習村ものといえば、変化球としては『ホット・ファズ』が大好きですが)。

そもそもホラー映画ではなく、カフカ的不条理の世界での『オデュッセイアー』的帰郷の物語で、かなり面白かったです。3時間という長さですが、求心的な帰郷の物語、主人公と母親の過去がその冒険が進むに従って明らかになるサスペンスとその解消といった構造がかなりしっかりしていて、よくできていると思いました。

これは映画評では書かないと思うのですが、『ガーディアン』紙の映画評はこの映画にロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』の物語が響いていると指摘しています。確かに、最初はボー自身が誕生する(子宮から出てくる)ところをボー視線で描くのですが、そこでどうやら医者がボーを落としてしまって頭を打つというくだりがある。『トリストラム・シャンディ』では、産婦人科医のへまで鼻を潰されるエピソードですね。そしてナラティヴがいくら進んでも主人公が生まれるところまでさえもなかなかたどり着かないあれも、『ボー』が(求心的とは言ったものの)同じ場所をぐるぐる回って前に進んでいないようなあの感じと共通しているのでしょう。

私がこの映画を気に入った理由はそこなのかもしれません。『トリストラム・シャンディ』大好きなので。

しかし、字幕はずっと「ボウ」だったのはどうしてでしょうね?