人間の変わりにくさについて

 明日をもって全国を覆うことになるタスポについては何か書きたいと思っていたところに、コンビニの深夜営業自粛(「自粛」って、あいかわらず「ヴォランティアの強制」みたいな論理)の話題が。

 いずれも、お題目としては「未成年の非行防止」なのだが、タスポや深夜営業廃止が非行を防止する、という考え方の根底には、生活習慣を物質的制限によって変化させれば人間性が変化する、という、人間工学的考え方がある。ちなみにそれを裏返したら出てくるのが「ゲーム脳」だとか、「有害図書」という考え方。

 そこには、「人間の変わりやすさ」についての楽観、そして「人間の変わりにくさ」についての徹底的な無理解がある。タスポや深夜営業廃止は、「非行に属する行為を行うのを困難」にはするだろうが、それで「非行が防止」されることはまずないだろう。という予測に説得されない人には、人間についてもっと勉強してくださいというしかない。または『時計仕掛けのオレンジ』でも観て下さいというしかない。

 この、「人間の変わりにくさ」というのは、非常に重要な希望の源であると直感する。

 それとはまったく別水準の話。コンビニ深夜営業の問題化は、タスポの「失敗」をなんとかするために持ち上がったのではないか? と、陰謀論的妄想にとらわれてしまう。実際、煙草の自動販売機の深夜営業は復活するらしい。深夜にコンビニで煙草を買えなくなった喫煙者は、しようがなくタスポに登録する、という塩梅。タスポがこのまま頓挫してしまえば、これは「二千円札」なみの、いやそれ以上の行政上の失敗になるわけで、それくらいやるのではないか、と。

 で、私は逃げも隠れもしない(いや、逃げたり隠れたりして吸っているが)喫煙者であるが、タスポに登録しないことをここに宣言します。