働く自由

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

 で、その帰省中にだらだらと開いたり閉じたりして読破したのはこれだけなわけですが、強くお勧めしたい一冊。

 まず、内容以前に、文体レベルから伝わってくる著者の姿勢に感心する。ポリティカル・エコノミーとしての「経済学」(つまりね、人間の生を問題とする学問なんですよ、みたいな感じ)を志向する人だ、この人は。

 ベーシック・インカムについては、この本を読んで勉強したのは、BIは理念型などではなく、これまで長い年月にわたって主張されてきたし、現実に政策化されてきてもいるアイデアだということ。もうひとつは、このアイデアは不思議と「右も左も」ひきつけるということ。「右」については、行政コストのかかる日本の選別的な生活保障制度とくらべ、一律に支給するBIはその行政コストをカットできるという魅力がある。新自由主義において、BIが注目されない方がおかしいくらい。「左」についてはもちろん、「生きる」という労働に対して普遍的に与えられるべき権利としてのBIということ。

 この本を読んだ印象では、BIが近く政策化される可能性は十分ありそうな気もするのだが、もういっぽうでそこへの道のりには、著者も述べる通り「働かざる者食うべからず」という「倫理」が大きく立ちはだかっているだろう。しかし、「働かざる者食うべからず」というのはとんでもない二重基準で、現状においても、たまたま金持ちの家に生まれて「働かずに食っている」人たちがいるのに対してこの言葉が向けられることはない、ということは著者も述べる通りだ。つけ加えるべきなのは、「働かなくても食えるのに働く人」も、この世には常に一定数いる、という事実だろうか。そのような存在を考えると、BIが労働インセンティヴを減少させるというのはウソだろうと思う。それがよく分かるのって実は大学かもしれない。大学が、働かなくても食える場所だとするなら(わたしはある程度そうだと思っていてしかもそれが悪いことだとは全然思わないが)、一定数は実際に働くのをやめるし、一定数はそれでも過剰に働きつづけるではないか。人間ってそんなものである。そんなわけで、本エントリーのタイトル、「働く自由」というのは、職業につく、または職業を選択する自由ということではなく、「働かない自由があるにもかかわらずなおかつ働く自由」ということである。