ふり返らずに駆け抜けろ

 土曜はウルフ協会例会にてミニシンポ。未来派的速度で駆け抜ける。

 ヴィルノが出てきたあたりから、私の関心はもう「現在」と、その系譜としての二十世紀初頭というところに移行してしまい、「未来派から遠く離れて」どころか、「狼協会から遠く離れて」ということになってしまった。

 ヴィルノは『マルチチュードの文法』に収められたインタヴューでは、彼の言うポストフォーディズムへの転換が起こったのは60年代から70年代にかけての「革命」であったとしている。そこで労働者たちは、労働を否定することによって、「労働」と「活動」の区分の崩壊にみずから手を貸してしまったということだが、ウルフの「部屋たち」への隠遁、そして「部屋たち」のあいだのネットワークの幻視と、そのヴィルノのナラティヴが奇妙に重なってくる。そして事実、ヴィルノ自身の言葉に反して、ポストフォーディズムへの移行は二十世紀のあいだの緩慢な移行のプロセスを経て出現したと考えるべきではないかと思うし、二十世紀初頭の「大衆文化論」なんかもその視点から大きく書きかえられるべきではないかと直感する。

 何にせよ、今回は自分でもまだうまく分節化できない問題がたくさん見えてきて、それこそマニフェスト的に新たな空間を開いてくれるものであった。(そんなのにつきあわされた皆さんには申し訳ないというしかない。だって、一ヶ月ちょっとしか準備期間もなかったし。)

 疲れがたまっていたせいか、その後は一次会で結構酔っぱらってしまい、三次会の「口訓練」を途中で脱落。本日は野暮用をかたづけるために都内を回って、満身創痍状態で帰京。遠のく意識と戦いながら明日の授業準備。

 さて、次は二週間後。さらに一週間後には「海外新潮」の締切。試験と採点もある。がんばれ、自分。