人間のお医者さん

「病」のスペクタクル―生権力の政治学

「病」のスペクタクル―生権力の政治学

 この方の著作を読むのは初めてであるが、うれしい存在である。グレマスの四辺形を使うお医者さん。ベンヤミンからフーコーから、アガンベンまで読み抜いてるお医者さん。

 副題から伺える通り、現代医学とそれにまつわる言説を生政治として読み解く。主題はパンデミックからエイズES細胞(ヒト胚を利用した、再生医療に利用できる万能細胞。最近、京都大学のチームが発表したiPS細胞は、胚ではなく体細胞から作られるため、ヒト胚を破壊して作るES細胞がひきおこす生命倫理上の問題を回避できる、らしい。)、脳死、脳の映像化、がん、ストレスと、多岐にわたるが、いずれも現代の生政治におけるクリティカルな問題ばかり。

 印象が強かったのはエイズの章と最後のストレスの章であろうか。知的所有権を盾にエイズの治療薬で儲けようとするグローバル製薬企業に対して、医療へのアクセス可能性を求めるグローバルなエイズ患者の連帯によって、特にアフリカでの治療薬の価格を劇的に下げることに成功したと、ちょっと元気の出る話。ストレスについては、ストレス研究が、グローバリズム下における労働者の「柔軟性」を理想像としている点が指摘され、これはマラブーの「可塑性」の議論に接続できるぞ、と思うがそこまでは行かず。

 各章とも、食い足りなさが残り、もう少しずつ考察を深めて欲しいなあ、と思わなくもないし、著者は脳生理学が専門らしいので、脳科学グローバリズムという主題についてもっと突っ込んでほしいなあ、と思うが、それだけ期待を募らせる一冊だったということです。