スポーツが回り世界が回る

スポーツと帝国―近代スポーツと文化帝国主義

スポーツと帝国―近代スポーツと文化帝国主義

 クリケット、サッカー、野球などのスポーツの伝播を「文化帝国主義」として捉える。結局この本に求めていた情報(ラテンアメリカのこと)は手に入らなかったが、まずまずまとまった本である。FIFAって1904年にできたのね。

 スポーツを文化として捉え、それと帝国主義グローバリズムとの関連を考えるとき、そこには他のあらゆる文化についてと同様の論点に行き当たる。つまり、土着性と普遍性の問題。

 本書はさすがに、グローバルなスポーツの陰に消え去る伝統的・「土着的」スポーツを嘆くという姿勢はとらない。

 もうひとつ、近代スポーツとは必然的に「世俗的大衆文化」であり、その側面をどう捉えるか(批判するのか、それとも民衆文化として称揚するのか)という問題もあるだろう。

 ことスポーツに関しては、他のポピュラー・カルチャーとは違って、革新的な可能性を見る人は少ないだろうし、グッドマンもその例には漏れない。というか、こういった論点についてはどっちつかずで、グラムシヘゲモニー論なんかをほのめかして誤魔化してる感じ。

 それ以上に深刻な問題点は、各スポーツに関するナラティヴが、「起源→伝播」という順に統一されていることだろうか。ある国民文化として本国で生じたスポーツが、その植民地に伝播するというナラティヴ。直感的には、国民文化の逆輸入のようなことも起こっていたと思うのだが、そういった視点には欠けている。