時代はめぐる

 大学院の中間発表。指導生はいないので穏やかに聴ける。オープンキャンパスの準備を免除してもらい(さすがに憐れだったらしい)、卒論の添削と指導。明日からはオープンキャンパス。夏休みはまだまだ来ない。

 新着本と読了本を。

1913: The Cradle of Modernism

1913: The Cradle of Modernism

 新着本。恥ずかしながらRabateさんの本は読んだことがないのだが(論文を読んだことがあるような気がするのだが、忘れた)、突然1913年と言われましても。年代をタイトルとするモダニズム研究というと、1922年をタイトルに冠するものが2冊ほど思いつくわけだが、1913年という必然性をあまり感じない年(戦前ということくらいか。あとはストラヴィンスキー?)にフォーカスすることで、新たなパースペクティヴが開けるのか、単に総花的になってしまうのか。『1932年』という本を、誰かが書く前に書きたいなあ。

Looking Backward 2000-1887 (Oxford World's Classics)

Looking Backward 2000-1887 (Oxford World's Classics)

 読了本。ある朝、目が覚めたら、一世紀経っていた。という話。一世紀後の未来のユートピア的、というより見方によってはディストピア的ボストンの風景が、対話による〈論文〉的文学形式で描かれる。

 これを読み始めたのは、田園都市計画のエベネザー・ハワードがこれを読んで感動し、田園都市を構想したからなのだが、なるほど。ディストピア的かもしれないというのは、未来のボストン像が無階級社会なのはいいとして、あまりに清潔・健康で無矛盾の世界として描かれるから。

 細かいことだが、どこかで生演奏される音楽が、電話で24時間聴けるシステムが登場するのだが、作品の出版当時(1888年)にはすでに蓄音機があったであろうに、記録メディアという発想はなかったのか。それとも故意に避けたのか。