Geomodernisms: Race, Modernism, Modernity
- 作者: Laura Doyle,Laura A. Winkiel
- 出版社/メーカー: Indiana University Press
- 発売日: 2005/11/22
- メディア: ペーパーバック
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しつこく。
明日の研究会で担当である、Simon Gikandi, "Africa and the Epiphany of Modernism"を読む。
この人らしく、それほどひねりがないというか正統派な感じでぐいぐい論を押しすすめる。Charles Taylorのウルトラ保守的モダニズム論から説き起こし、モダニズムのエピファニーと「他者」の問題(エピファニーはモダニティに対するラディカルな抵抗であると同時に、その抵抗のためにプリミティヴなものの形象に頼らねばならなかった、といったあたりの話)を論じ進め、ドイツの民族学者Leo Frobeniusを媒介とし、モダニズムの「失敗」を指摘する。
「失敗」とは、上記のようなモダニティに対するラディカルな抵抗としてプリミティヴなものに頼ったにもかかわらず、モダニズムはその制度化の過程で美学と身体(もしくはプリミティヴなもの=アフリカの直接経験)とを分離し、本来のプロジェクトに失敗せざるを得なかったということ。その過程で、フロベニウスが探究しようとした「アフリカ文化」は、抑圧され、「モダニズムの無意識」となった、という主張。
反論のしようもないという感じ。フロベニウスは正直よく知らなかったのだが、昨今(でもないのか?)注目を集めている模様。
現在執筆中の本の一章になるそうです。