迷走中

Remains of the Day

Remains of the Day

 告白すると、映画版を観ただけで原作を読んだことがなかった。だって、これはイギリス大好きなだけの、知的に少々問題がある人が喜ぶ類のものだというひどい思いこみがあったのである。いや、実際ひどい偏見であって、不明を恥じるのみ。面白かったです。

 典型的人物と場を巧みに組み合わせて、第二次世界大戦によって分かたれる二つのイギリスの姿を描き出す。状況を描き出す社会小説というより偽史と呼びたい誘惑にかられる。ところで、主人公の執事スティーヴンズが旅をする「現在」は1956年で、スエズ危機というイギリスにとってのもう一つの分水嶺なのだが、その件は触れられず。と、思ったら、例のサザランドおじさんが論じていた。

現代小説38の謎―『ユリシーズ』から『ロリータ』まで

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 スティーヴンズが仕えたダーリントン卿は一時期モーズリーのBUFと関係をもち、最終的にナチスとの宥和政策に走って失敗するのだが、スエズ危機での、当時の首相イーデンのナセルに対する強硬姿勢の失敗はまさにその裏返しであり、スエズ危機が触れられないのは一種のアイロニーであると。ふーん。

 これを読んだ動機はといえば、今後第二次大戦後をしっかり考える必要がある模様で、「闇の奥」と「カントリーハウス」というトポスを表裏一体のものとして考えつつ戦前・戦後の比較をしたら面白そうと思っていたわけだが(「闇の奥」についてはかつてそういう比較論文を書いたので)、これはもちろんジェイムソンの『ハワーズ・エンド』論との関連で避けて通れないみたいだ。